中黒再考-連続する動詞の訳出について

Pocket

翻訳は、原文を理解し、それを対象となる言語に過不足なく置き換える作業だが、成果物である訳文は、ただ正しいだけではなく、指定された表記ルールに従う必要がある。

滅多矢鱈と漢字が並んでいては読み難いので、使用する漢字は常用漢字に限るとか、読点と句点に「,」と「.」は使わないとか、常体と敬体を混ぜないとか、そういうルールである。ルールに沿っていない訳文は商品として不完全である。

ただ、ルールでカバーしきれないこともある。今回、私が悩んだのが、原文の中国語で2つ以上の動詞が並んでいる場合、訳文でその複数の動詞の間を中黒で区切るのはありか?それともなしか?という問題である。なんて地味な問題なんだ。

ちょっと分かりにくいので、実際に中国語の例を見てみる。

审议批准公司的利润分配方案=会社の利益分配案を審議・承認する
依法审议决定重大事项=法に基づいて重大事項を審議・決定する

原文の下線部が問題の動詞である。訳文では2つの動詞の間に中黒を挿入している。一見問題なさそうだが、多くの翻訳会社のルールや共同通信の記者ハンドブックなどでは、中黒は名詞を列記したり、外国人の姓と名の区切りとしたり、漢数字の小数点にしたりすることは認めているが、動詞を列記する場合への言及がない。

もし、上記の中黒の用法が適切でないなら、「審議し、承認する/審議、承認する/審議承認する」のようにしなければならない。さて、どうしよう。

日本語での中黒表記ルール

こういうときは大御所のルールを調べる。自分の感覚をあてにしてはならない。これは私の個人的な問題かもしれないが、自分の感覚に従うとだいたいろくなことにならない。

ということで、よく参照されるルールを調べてみた。

共同通信記者ハンドブック

1 単語の列記には中点を使ってよい。特に組み合わせ、取り合わせには中点を用いる。
例:文・文章・段落の定義 水・陸稲の作況(以下略)
2 外国人(漢字名を除く)の名と姓の間、「サー」などの敬称と姓名の間には中点を使う。(以下略)
3 外来語、外国の地名、建造物名称などは原則として中点を入れない。
例:エンパイアステートビル サファリラリー
ただし次の場合は中点を入れる。
①固有名詞と普通名詞からなる語
②3語以上からなる語
③長くて判読しにくい語(以下略)
4 小数の単位を表すのに中点を使う。
5 省略符号として中点を使う。
例:東京・神田駅前
6 その他、判読しやすくするため中点を用いる。
例:ラブロフ・ロシア外相(以下略)
created by Rinker
¥490 (2024/03/19 00:57:19時点 Amazon調べ-詳細)

講談社 日本語の正しい表記と用語の辞典

①外国語・外来語、外国の地名・人名のくぎり
例:テーブル・スピーチ タイム・イズ・マネー レオナルド・ダ・ヴィンチ
②体言の並列(「、」でもかまいません)
例:水星・金星・地球
③縦書き数字の小数点
例:五・二四
created by Rinker
講談社
¥1,650 (2024/03/18 16:12:39時点 Amazon調べ-詳細)

JTF日本語標準スタイルガイド

小・中学校、パーソナル・コンピューター
カタカナ複合語を区切る場合、同格の語句を並列する場合に使用します。(以下略)

関連:スタイルガイド|JTF 日本翻訳連盟

翻訳学校バベルの法律文章日本語表現ルールブック

中黒だけでなく、読点の説明もたいへん参考になった。また、「複写・複製」のように動詞の語幹部分を中黒を使って並べている例が貴重である。

中マル「・」ともいいます。法律文の中ではあまり出てきませんが、たとえば改正前民法第99条「代理行為の要件・顕名主義」のように、複数の用語を一括して概念として示すときに使われます。契約文でも「著作権者の許可を得ないで複写・複製を行ってはならない。」というように使いますし、法律論文でも「詐欺・強迫による契約の取消について」というように使っています。


語を列挙するときの読点「、」
前掲の逮捕状の例文でお気付きの通り、語を列挙するときには読点「、」を打ちます。「逮捕状には、被疑者の氏名住所、罪名、被疑事実の要旨を記載しなければならない。」のような例です。
尚、このような列挙はナカグロ「・」で区切ってはなりません。「氏名住所・罪名・被疑事実の要旨」ではありません。ナカグロ「・」で区切るのは、語が一語の場合です。

関連:法律文章日本語表現ルールブック

小学館 句読点、記号・符号活用辞典。

今回調べた中では一番網羅的で、用例も多く、非常に参考になった。

①1つの文の中で、語と語のくぎりを明瞭にするために用いる符号。次のような用法がある。
(A)名詞やそれに準ずる語を並列するときに、それぞれの語と語をくぎる
例:春・夏・秋・冬それぞれの味覚 時間的・空間的な広がり
†名詞以外の語や文節・連語を並列するときは、「思考の鋭さ、連想の豊かさ、表現の明晰さにおいて際だった文章」のように「、」(読点)でくぎり、一般に中点は使わない。しかし、小説・エッセイ・評論などではこうした場合に中点を使った例もみられる(以下、用例略)
(B)「である」などの述語を使わずにある語、特に固有名詞を説明するとき、説明される語の前に置く。文脈から並列の読点と混同されるおそれがないときは読点「、」が使われる。
例:港町・小樽の夜景
(C)新聞・雑誌などで、名前と肩書きなど、文字の続き具合から誤読されるおそれがある場合に語と語をくぎるのに用いられる
例:山田一・元編集長
②一般に、一覧・事例などとして一群の語・語句や文字などを並べ示すとき、くぎりに用いる
例:[勝つ]凱歌を揚げる・片目が明く・勝ちを拾う(以下略)
③性質・次元の異なる情報を並べ示すとき、また、事柄とその内容を示すときなどに、それぞれの語句の間をくぎる
例:東京・上野にある国立博物館
④複合語や連語の中で、同格で並列される固有名詞の間をくぎるのに用いられる。「巨人・阪神戦」など
*「糸魚川静岡構造線」のように中点を使わないで表記することも多い。また、「日中共同声明」「日独伊防共協定」など略記による並列の場合は、普通、中点は使わない。
⑤外来語・和製洋語・外国語を仮名で表記するとき、語と語の間のくぎりに用いる。
(A)複合語・連語や固有名詞を仮名で表記するとき、その後を構成する単語の間を区切る。「ギブ・アンド・テーク」(以下略)
(B)外国人名を仮名で表記するとき、姓と名、称号と名などの間をくぎる。「パブロ・ピカソ」(以下略)
(C)外国語の文や句を仮名で示すとき、語と語をくぎる。
例:中学生なら「ディズ・イズ・ア・ペン」くらいは言える。
⑥日本の姓と名を平仮名・カタカナだけで表記する場合に、姓と名をくぎるのに使われる。「ひろし・ぬやま」(以下略)
⑦人名などをローマ字の頭文字で略して表すとき、そのくぎりに用いる。「G・F・ヘンデル」(以下略)
⑧数字を漢数字を使って表記するとき、小数点に用いる。
例:朝の体温は三十七・四度だった。
*算用数字を縦書きで使用する場合にも使われる。
⑨複数の数字を区切って示すときに用いる。
(A)年月日を「年」「月」「日」を使わないで表記するときに用いる。「二・二六事件」(一部略)
(B)主に縦書きで、「時」「分」を使わずに時刻・時間を表記するときに用いる。(用例略)
(C)それぞれの数を並べて示すときに用いる
例:五・七・五のリズム
(D)電話番号の市外局番・局番・番号のくぎりに使われる(以下略)
⑩言葉を文節、単語、音の上での切れ目、音節などにくぎって示すときに用いる。
例:「しず・かさ・や」(以下略)
⑪論文の見出しで、章・節・段などの階層構造を示すために、章・節・段などの番号の間に用いる。
例:一・一 概説(その他略)
⑫国語辞書の見出しで活用語の語幹と活用語尾とのくぎりめを示す。
例:うご・く(以下略)
⑬西洋語の辞書の見出しで、音節のくぎりを示す。
(用例略)
⑭箇条書きで、通し番号・通し記号を付けないとき、各条の頭に付ける。中点よりやや大きめの黒丸「•」(ビュレット)の代用。(以下略)
⑮表や一覧などで、その項目に関して該当なし、対象外、データなしなどであることを示すのに使われる。(以下略)
⑯ワープロ原稿、電子メール、電子掲示板などで、「……」に代えて使われる。(以下略)
⑰数式で×(かける)の代わりに用いる。(以下略)
⑱モールス信号の短点の表記に使われる。(以下略)
created by Rinker
小学館
¥2,420 (2024/03/19 08:48:12時点 Amazon調べ-詳細)

小学館の執念に脱帽。ただ、ここまで調べても「審議・承認する」のような表記を認めている文献は見つからなかった。やはりだめなのか、と思ったが、少し検索すると「意見を受けて加筆・修正したもの」という記述が某自治体のサイトで見つかった。うむ、ならば公文書を検索だ。

用例探し

燃焼ガスの温度を連続的に測定・記録する装置を設置すること。
ばいじん又は焼却灰が飛散・流出しない灰出し設備を設置すること。
環境省_一般廃棄物焼却施設の維持管理状況等の調査の結果について

構造基準及び維持管理基準を強化・明確化したこと。
環境省_一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令の一部改正について

さらに、原生的な森林や貴重な動植物が生息・生育する森林等自然環境の保全を図るべき森林については、
環境省_国土利用計画

やっと見つけた。環境省の文書ばかりだが、ようやく用例をゲットすることができた。親方日の丸が使っているのなら、我々が使っても問題ないように思われる。ただ、日本法令外国語訳データベースシステムのデータ更新情報で検索してみても、法律で使われている例は見つからなかった。調査不足かもしれないが、多用されていないことは確かだ。

結論

中黒で動詞を列記する用例は見つかった。だが、使うことを推奨している、または許容している文献は見つからなかった。つまり、間違いではないけれど、ご利用は慎重に、という感じだ。上述したように「審議し、承認する」のような訳出も可能なので、中黒にこだわる必要はない。

审议批准」や「审议决定」のような言い回しは頻出するので、自分の中でルールを明確にしておいた方がいいだろう。

私は次のルールを定めた。

  • 中黒ではなく読点を優先的に使う。
  • 動詞の語幹を名詞として列記する場合は中黒を使用できる(例:进行审核批准=審査・承認を行う)。
  • バベルのルールブックにあるように複数の語句の区切りには中黒を使わない。

追記

中国語では「召集和主持董事会会议」のように、2つの動詞を接続詞「和」でつなぎ、その2つの動詞がどちらも目的語にかかっている文がよくある。「取締役会を招集と主宰する」と訳すと日本語として不自然なので、「取締役会を招集し、主宰する」とする。原文は並列で、訳文では動作に順序が生じてしまっているため、これも悩ましいが、この場合、「招集」しないことには「主宰」できないので問題はないだろう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください