只管打坐

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中村勘太郎主演の「禅」をDVDで鑑賞してます。前半、日本人キャストが中国語でやりとりしているのを聞いて「うわー役者ってすごいなあ」と感心したり、まじめな道元よりも生臭坊主たちにシンパシーを感じたりしながら半分くらいまで見ました。途中、「しかんたざ」という言葉が出てきます。漢字で書くと「只管打坐」。なんかすごい奥義みたいなのを期待しますよね。「しかんたざ」、きっと禅のすごく難しい概念に違いない。

あれ、でも待てよ。「只管打坐」って普通に中国語として読むと「座禅を組むだけ」という意味です。何も難しいことはありません。映画でも道元が「とにかく座るのだ」的なことをいっててそのまんまです。拍子抜けです。

関連:只管打坐(しかんたざ) : 一口法話 : 曹洞宗 黒羽山 大雄寺

論語や漢詩もそうですが、読み下しだとものすごく難解に聞こえるんですよね。中国語として読むと意外に普通で内容を理解することができます(もちろん難しいのもあります)。こっちが勝手に壁を作って「あーそんな難しそうな言葉むりむり、きっといろいろ勉強しなきゃいけないんでしょ」と相手を遠ざけているのです。

こういうことってほかにもありそうだな、これからは頭から拒否しないでとりあえず受け止めることができないか、いろんな方向から物を見ないとな、と考えさせられた次第です。考えすぎて途中で寝てしまったのでまだ最後まで見てなかったりしますが。

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