つげ義春 – 貧困旅行記

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貧困旅行記
何回か手紙のやりとりをしただけの面識のない女性と結婚するために、相手の意志も確認せずいきなり九州に旅立つ「蒸発旅日記」がやたらめったと面白く、最後まで一気に読んでしまった。実家につげ義春の代表作が収録された戦後漫画全集があったので、子供のころに「ねじ式」や「紅い花」、「ゲンセンカン主人」、「李さん一家」を読み、いやらしい不気味な漫画を描く人という印象が定着してしまっていたのだが、紀行文を書かせてもこんなに面白いなんて今まで知らなくて損した。私も足を運んだことのある奥多摩や丹沢、檜原を旅したエピソードが収録されているが、私が知っている奥多摩や丹沢はそこにはなく、まったく知らない場所の話を読んでいるようで(昭和60年頃の話なのでずいぶん様子も変わっているだろうけれど)、何が楽しかった、何が美味しかったという話もなく、なんだかしょんぼりするエピソードが多い割に、不思議と「ああ、今度の休みは私も奥多摩に行きたい」という気にさせられる。

私が特に気に入ったのは「ボロ宿考」の次の下りである。長くなるが引用しておく。

貧しげな宿屋を見ると私はむやみに泊まりたくなる。そして侘びしい部屋でセンベイ蒲団に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ちになり、なんとも言えぬ安らぎを覚える。
世の中の関係からはずれるということは、一時的であれ旅そのものがそうであり、ささやかな解放感を味わうことができるが、関係からはずれるということは、関係としての存在である自分からの解放を意味する。私は関係の持ちかたに何か歪みがあったのか、日々がうっとうしく息苦しく、そんな自分から逃れるため旅に出、訳も解らぬまま、つかの間の安息が得られるボロ宿に惹かれていったが、それは、自分から解放されるには“自己否定”しかないことを漠然と感じていたからではないかと思える。貧しげな宿屋で、自分を零落者に擬そうとしていたのは、自分をどうしようもない落ちこぼれ、ダメな人間として否定しようとしていたのかもしれない。

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